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【ゲームキャスターリレーインタビュー】第3回:eyes(前編) 「キャスターがゲームメーカーの社員として在籍していることに衝撃を受けた」

日ごろゲーム大会の実況や解説などで活躍する、ゲームキャスター。彼らが語るゲームや選手の話は聞く機会が多いのに、彼ら自身の人となりや、彼ら自身の意見については、公の場で訊ける機会は少なかったのではないだろうか。

そこで、ファミ通では取材機会が少なかったゲームキャスターひとりひとりに、キャリアの歩み、ゲームキャスターという仕事について、そしてesportsについての意見を聞きたいと思う。なお、次のインタビュー対象も指定してもらう形式のリレーインタビューを採用している。

第3回は、eyes氏。『リーグ・オブ・レジェンド』(以下、『LoL』)の公式リーグ‟League of Legends Japan League”(以下、LJL)にて実況・解説を務める氏のゲーム遍歴、『LoL』出会いから同作の魅力をお伝えするとともに、キャスターを始めるきっかけとなった出来事からサラリーマン キャスター時代の苦労、実況・解説として見据える現在の国内esports事情について伺った。

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▲岡山県出身 Shout caster

当初は介護士としての傍ら、2011年から世界最大規模のPCゲーム『リーグ・オブ・レジェンド』の試合実況をスタート。
2014年からは専業キャスターとなり、日本プロリーグ「LJL」では発足時からメインキャスターとして年間100試合以上の実況を担当する。2018年からフリーに。

フリーター、介護士を経て28歳で上京。憧れのゲーム業界へ

――今回は、アールさんからのご指名です。

eyes なんで僕なんですかね?(笑)

――お知り合いですよね?

eyes 現場で数回お会いして、お話したことがあります。それまでは、僕が一方的に知っていたって感じですね。最近ですと、アールさんが番組(『まだ走りたい』http://ch.nicovideo.jp/madasou)を持たれているから、そこで実況についてトークしてみたいって投げかけたりもしたんですが、「君はまだ温存しときたい」ってかわされちゃいました。

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――アールさんは、ご自身の実況論がeyesさんと似ている、とおっしゃっていましたよ。

eyes それは、純粋に僕がアールさんの実況が好きだからだと思うんですよね。格闘ゲームって、対戦も実況もオフラインでやることが多いじゃないですか。『LoL』でもいまは当たり前になっていますけど、少し前まではオフラインの大会は滅多にない状態でした。最初はネットを通じてずっと実況をしてきてたから、オフラインの大会のときに観客を巻き込めなかったんですよ。お客さんもそういう体験が初めてっていうのもあると思います。

そんなとき、どうすればいいんだろうなって考えたときに、アールさんの実況が思い浮かんだんですよね。試合の盛り上がりをお客さんと共有する空間を作るのがうまい人だなって思っていたので。一方で、実況者があそこまでやるのはよくないっていう意見もありますけど、当時の僕はいいなって思っていました。だから、アールさんとはそういったところで意見を交換してみたいですね。

――そうだったんですね。では早速ですが、eyesさんのゲーム遍歴からお話いただけますか?

eyes 初めてゲームに触れたのは、幼稚園年中の頃です。大阪の祖母の家に帰省したら、おじさんが持ってたファミコンがあったんですよね。そのときに、『スーパーマリオブラザーズ』とか、シューティング、ボクシングみたいなゲームで遊んだ記憶があります。

――ご自宅にファミコンはなかったんですか?

eyes 当時はなくて、帰省後に買ってもらいました。

――おお。テレビゲームには寛容なご家庭?

eyes いいえ、厳しかったですね。ただ、誕生日とクリスマス、お年玉がもらえる時期はゲームソフトを買ってもらえました。ほかにも、肩たたきとかしてもらえるお小遣いの500円玉を貯めて買う、みたいな感じでした。

――かなり貪欲にゲームをプレイしてたわけですね。それから小学校、中学校、高校とずっとゲームをプレイしていたと?

eyes ずーっと遊んでましたね。僕の本名は‟御手洗”と言うのですが、通っていた小学校はトイレを「御手洗」って書いてあるもんだから、それをきっかけにいじめられてたこともありました。だから、ひとりでゲームの世界に浸ることが多かったですね。

あと、僕らの年代ってゲームの進化がとくにすごかったからっていうのもあると思います。

――ファミコンからだったら、まさに黄金期ですね

eyes 『ポケットモンスター』や『スマッシュブラザーズ』と、まさに王道タイトルを遊んでいました。高校3年生からはネットゲームの世界を知り、そっちに流れていきました。

ですが、両親は僕がゲーム好きだと分かっていたようで、最初はインターネット回線を引いてなかったんですよ(笑)。まだ定額サービスもなかったころでしたが、その後インターネットの定額サービスが始まってしまって! 3学期の終わり際になると、学校にも行かなくてよくなるから、ひたすら遊んでました(笑)。

――そのあたりからパソコンでゲームするようになったわけですね。

eyes はい。僕はかなりの新しいもの好きなようで、携帯電話やWindows PCが出始めたとき、自分でアルバイト代をすべてつぎ込んで買っていました。

――相当な金額を消費したのでは。

eyes 当時で18万円だったかな……。最初はパソコンでチャットばかりしてましたね。というのも、当時は実家住まいですし、好き放題友だちと家の電話で話すのが難しいじゃないですか。携帯電話も通話料がかなりしましたから。でもチャットなら、ずっと話していられたんですよね。

そうこうしているうちに、高校3年生の夏ごろに『ファイナルファンタジーXI』(以下『FFXI』)が発売されたんです。学校の友だちが『FFXI』の話をうれしそうにしてくるもんだから、そこからいろいろとオンラインゲームを探し始めてしまい。それまでは、パソコンのゲームは‟ソリティア”とか‟マインスイーパー”くらいしかないって思ってたんですよね。

――当時はパソコンでどんなゲームをプレイされていたんですか?

eyes 『メイプルストーリー』や『ラグナロクオンライン』ですね。大学に進学してからは、そこで知り合った友だちが『Counter-Strike 1.5』で遊んでいたから、そこでFPSを初めて触りました。

その後、『Battlefield 1942』にハマり、授業をサボる勢いで遊びまくりました(笑)。そうしていくうちに、ネット上でもたくさんと知り合いができ、ボイスチャットをしながら『Counter-Strike 1.6』で遊ぶようになり、ひとりプレイのゲームから徐々に離れて、インターネットを介してみんなでワイワイ遊ぶほうが好きになりました。

――大学でゲーム漬けとなると、察するに講義を受けずにゲームをしていたのでは(笑)?

eyes 大学1年生のころはほとんど大学に行かずにゲームにどっぷりでした。実家から通っていたので、親からはかなり怒られましたね。

そもそも、「大学ってどういうものなのか体験したい」というのが、大学に通う動機だったん(笑)。キャンパスライフというものに少なからず憧れを持っていたのかも。最初は真面目に通ってましたが、自分にキャンパスライフが合わなかったみたいで、正直つまらなく感じましたね。結局、「これは卒業するメリットがない」と思い、大学は1年で中退しました。

――だらだら大学生を続けるよりは、いい選択だと思います。

eyes 当時、「なんかもう働きたいな」って思ったんですよね。新しいパソコンもほしかったですし(笑)。

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――パソコンを購入したいから、働きたいと(笑)。

eyes ええ。当時は岡山に住んでいて、「クルマの免許がないと働けない」という田舎あるあるの事情から、教習所に通いながらガソリンスタンドでアルバイトしてました。かなりの日数でシフトを入れていて収入もよかったので、運転免許を取得してからもしばらくはそこで働いていました。

そんなとき、帰省した際に祖母から「おまえはやさしいから介護の仕事に向いてるよ」って言われたんです。そのアドバイスもあって、専門学校で介護の資格を取り介護士の道に進みました。

――介護士の仕事は長かったんですか?

eyes 20歳から7~8年くらい続けました。

――上京されたのはいつ頃ですか?

eyes 28歳のころですので、5年ほど前です。LJLが開幕する少し前に上京しました。それからゲームキャスターを始めています。

サラリーマンキャスターからフリーキャスターへ

――『LoL』はいつ頃からプレイを始めたんですか?

eyes シーズン1からプレイしていますので、8年前からです。当時は介護士の仕事をしていましたが、実は介護士って自由に使える時間がたくさんあって、たっぷりゲームできたんですよね。『Counter-Strike 1.6』仲間から『LoL』を教えてもらってからは、もう『LoL』にどっぷりです。

――シーズン1からですと、『LoL』を8年以上プレイしていらっしゃいますが、いわゆる「引退」を一度もしていませんよね。『LoL』中毒性、魅力はなんだと感じていますか?

eyes ゲーム性も勿論ですが、自分自身がRPGされていく感覚が魅力だと思います。ゲームを覚えていけば覚えていくほど、上達できている実感が沸いてきますし、チャンピオンの種類が豊富で1試合1試合で同じ内容が無いことですね

――では、28歳で上京していますが、キャスターになるために引っ越しをしたのでしょうか?

eyes ええ。上京する前は、コミュニティ大会の実況をやっていました。当時はニコニコ生放送が流行っていて、僕も『LoL』の配信をしたりもしていました。

――そういった活動が評価されて、LJLのキャスターに抜擢されたと?

eyes いえ。当時は、誰を実況・解説に呼んだらいいかわからない世界だったと思います。JCG(Japan Competitive Gaming)主催の『LoL』リーグのメインキャスターを1~2ヵ月やらせていただいたのですが、「ネット経由での実況だとトラブルに対応しにくい」ということで、降板になったんです。でも僕はキャスターをやり続けたかった。ですので、DetonatioNというチーム(現DetonatioN Gaming)に入ることにしました。

まだe-sports SQUAREが市川にあったころ(※1)、チームオーナーの梅崎さんがちょうどLJL立ち上げをしていたSANKOの鈴木社長に僕を紹介してくれたんです。そうしたら、鈴木社長から実力を見せてほしいと言われ、DetonatioNの内部対抗戦(Detonation Focusme対DetonatioN FrenzyX)の配信(※2)を僕が実況することになりました。それがキャスターになるための一次試験のようなものですね。その試験に合格した後、東京で面接をして、上京する運びになりました。

※1:2011年11月にオープン。その後、2013年12月に閉店し、2014年1月にe-sports SQUARE AKIHABARAがオープンした。

※2:当時のニュースページ
【LoL】 緊急企画!DNチームファイト本日開催!!21:00~試合開始
http://team-detonation.net/news/532

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――上京してからはどういった形で働いていたんですか?

eyes 僕はプロキャスターのつもりで上京したんですが、そのときはあくまでも、‟SANKOの社員のひとり”という立ち位置でした。ですので、最初のお仕事は実況ではなく、『World of Tanks』のイベントの手伝いでしたね。e-sports SQUAREが秋葉原に引っ越すときも、オープンの手伝いはもちろん、お金の管理や鍵の開け締めもやってましたから。

――それだとキャスターっていうよりは、たまに実況もするSANKOの社員って感じですよね。その待遇に当時はどう思ってましたか?

eyes そりゃあもう、イライラしてましたよ! 働き始めるとき、そこを詰めなかった自分も悪かったとも思いました。『LoL』ってほかのタイトルとは違って、アップデートの頻繁さ(当時は1週間に1回)もそうですし、世界中に公式リーグがあって、それぞれでメタ(流行している戦術のようなものを指す言葉)が違ったりもしたんで、通常の業務をこなしながらだと、『LoL』を勉強する時間が足りなかったんです。

そんなとき、配信中のコメントで「お前そんなことも知らないの? プロだろ」って書かれたのを見て、かなりメンタルにダメージを受けたんですよね。そういうのもあって、勉強する時間がほしいということを社長に相談させていただきました。

――それで改善されたんですか?

eyes そこからは、自分の好きにやらせてもらえるようにました。「週に1回出社してミーティングに参加してくれれば、オーケー。何かあれば呼ぶ」みたいな感じで。もし、待遇を改善してもらえなかったら、すぐ帰ろう(辞めよう)とも思ってました。

――しかし、5年前にプロキャスターになりたいと思ったときって、日本にプロキャスターみたいなのはいなかったですよね?

eyes そうかもしれません。岸大河くんも、当時はe-sports SQUAREのスタッフでしたから。

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写真は2015年11月20日“IWCA日本代表壮行会”の様子

――そもそも、プロキャスターなろうと思ったきっかけはなんでしょうか?

eyes 『Counter-Strike 1.6』のキャスターの方が、『LoL』の実況も担当していることを知ってからですね。その方はEU LCS(ヨーロッパ プロリーグ)のキャスターで、彼が2つのタイトルを掛け持ちしていることを知ったきっかけにいろいろと調べていたら、アメリカのほうだと『LoL』のキャスターがライアットゲームズの社員になっているんですよ。キャスターがゲームメーカーの社員として在籍して、それだけで食べていける仕事になっているというのが衝撃で、それからプロキャスターを目指すようになりました。

――でも、SANKOに入ったら実際は違ったと。

eyes うーん……とは思うこともありましたね(笑)。それでも、日本になかった職業なのでどう扱っていいかも分からなかった部分が会社にもあると思います。僕もどうやって前に進んでいったらいいかも分からない状況だったので、しょうがないことでもありました。そんな中でも、僕を暖かく受け入れてくれたSANKOには本当に感謝しています

――2018年からフリーになられましたが、それはどういった経緯が?

eyes 2018年からLJLの運営体制が変わりまして、それに機に僕自身も新天地を求めた結果、退社してフリーとして活動することにさせていただきました。

――フリーになって、変わったことは何でしょうか?

eyes まず、めっちゃ不安になりました(笑)。「明日ご飯食べられるのかな」みたいな。『LoL』の仕事がくれば、ほぼ1年を通して実況はできるので安心できるところはあります。ですが、「来年キャスターに選ばれなかったらどうしよう」という不安との闘いです。SANKOにいたときからも考えていましたが、「何が自分にできるんだろう」と、フリーになってさらに意識するようになりました。

――そういえば、2018年初めには『PUBG』も実況されてましたよね。

eyes やりましたね。『PUBG』は実況するつもりで遊んでたわけじゃなかったんですが……。完全に趣味で遊んでたら、たまたま白羽の矢が立ったっていうだけの話ですね。そのほかにも、3~4年ほど前に『ハースストーン』の世界大会実況を担当しました。

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写真は「『PUBG』アジア大会見る松木安太郎ポジションの大切さ」より

 

――ちなみに、SANKO所属時は、「LJL一本でキャスターをやってくれ」みたいな縛りはあったんですか?

eyes いえ、縛りはありません。ですが、“LJL専属キャスター”という謳い文句もあったので、あまりいろいろなタイトルで広く浅く活動するのもいかがなものなのかなと思いまして……。

――では、フリーになったいまは、もう少し実況するタイトルを増やしていきたいですか?

eyes 増やしていきたいんですけど、日程的な問題があるんですよね。LJLは通年行われていますから。

決勝も含めると約3ヵ月のシーズンが年に2回、世界大会が約1ヵ月、オールスターが1週間というスケジュールになっています。ほかの方からも、よく「ほかのタイトルもやってみたいですか?」って聞かれるんですけど、「自分がesportsって感じるものならやってみたい」というのが正直な感想ですね。

――具体的に思い浮かぶタイトルはありますか?

eyes いまだとFPSのタイトルに興味ありますね。『Counter-Strike: Global Offensive』とか。ただ、さきほども言ったとおり勉強する時間がないっていうのもあるんで、軽い気持ちではできません。

ちなみに、『PUBG』は、個人的にはesportsになりえないと本気で思っていましたが、実況してみたら「あ、これesportsだ」って思った珍しいパターンです。びっくりっていうか、かなり感銘を受けました。

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後編(https://appvs.famitsu.com/20181129_14987/)に続く

文・取材:ライター 堤教授

編集:編集部 工藤エイム

 

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