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【ゲームキャスターリレーインタビュー】第1回:岸大河「新しいことをしていかないと、これからの自分の成長はない」

日ごろゲーム大会の実況や解説などで活躍する、ゲームキャスター。彼らが語るゲームや選手の話は聞く機会が多いのに、彼ら自身の人となりや、彼ら自身の意見については、公の場で訊ける機会は少なかったのではないだろうか。

そこで、ファミ通では取材機会が少なかったゲームキャスターひとりひとりに、キャリアの歩み、ゲームキャスターという仕事について、そしてesportsについての意見を聞きたいと思う。なお、次のインタビュー対象も指定してもらう形式のリレーインタビューを採用している。

記念すべき第1回は、岸大河氏。現役選手を続けながら「StanSmith」名義で『World of Tanks』などの実況・解説の活動を続け、FPS以外にもさまざまなゲームジャンルの配信や番組で活躍。2017年8月に結核で活動を休止するも、療養のあとすぐに復帰し本名に改名している。現在は、『コール オブ デューティ ワールドウォーII』プロ対抗戦司会、クラロワリーグ(アジア)司会/実況を担当。

ゲームキャスターといえばこの人! と、昔からその名前と声に覚えがある人も多いことだろう。だが、そんなベテランにも、むしろベテランだからこそ、意外な面が多々あるようだ。ゲームキャスターという仕事についてや、今後の展望なども含めて、長編になるがぜひ読んでいただきたい。

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◆岸大河 プロフィール
フリーランス/ゲームキャスター。1989年6月21日生まれ。『WarRock』、『SpecialForce2』など、数々のPC用FPSタイトルでトッププレイヤーとして実績と活躍を積み重ねる傍ら、「StanSmith」名義で実況・解説の活動も精力的に続け、FPS以外にもさまざまなゲームジャンルの配信や番組で活躍。2017年8月に結核で活動を休止するも、療養のあとすぐに復帰し、より一層の幅広い活動を見せている。ゲームキャスターという名前の職業の草分け的存在であり、ゲーム実況の黎明期からこの業界をけん引してきた人物のひとり。

雑談から意外な人となりへ。学生時代の秘話と……霊体験?

――お忙しいところお越しいただきまして、ありがとうございます。今朝も早くから実況のお仕事をされていたようで……。

※このインタビューの収録日はちょうどアメリカの世界的ゲームイベント“E3”の期間で、岸氏は当日、セレブとプロのタッグによる『フォートナイト』チャリティー大会の中継番組を朝7時30分から実況していた。

 いえいえ、ゆるい感じの大会でしたので。ほかの媒体からもキャスティングはいただいていたんですけど、先にお声がけいただいたお仕事をさせていただきました。

――ちなみに、『オーバーウォッチ』がいま一番好きという者がインタビュアー陣にいまして。Dallas Fuelをずっと追いかけているんですけど、EFFECT選手が……まぁ、いろいろと、ね?

 自分はSeoul Dynastyを応援しているのですが、つい先日に行われたSeoul Dynasty 対 Dallas Fuelでは、Dallas Fuelが敗れてしまって残念でしたね。あと、Shanghai Dragonsは……この前2本先取して、ついに(勝利が)来たか!? と思ったんですけどね。ああいう点でも盛り上がってますよね。

※『オーバーウォッチ』中国チームShanghai Dragonsは記録的な連敗を重ねており、現在40連敗を超えている。

――『オーバーウォッチ』といえば……どうします? もるちゃん(プロゲーミングチームSunSister代表・太田桂氏)が配信で話してた、幽霊の話します?

 あれね! シドニーのヤツですねー。“Overwatch World Cup 2017”に引率で行ったときに、ホテルにそれぞれ1人部屋が割り当てられたんですよ。それで夜に配信しようとして、もるちゃんをLINEで誘ったんです。ところが、もるちゃんの部屋は別の階にあって、そのホテルはエレベーターも自分の宿泊階でしか止まらないんです。

――そうなると、迎えに行かないとダメですよね。

 そう思っていたら、部屋のドアがノックされたんですよ。「もるちゃん来たんだー」ってドアを開けたら、外にだれもいなかったんですよね。それで首をかしげつつも配信に戻って、「今コンコンって言ったよね?」とコメントでも確認はとれてたんですけど、そこでもるちゃんはこの階に来られないことに気付きまして……。

――え?

 そのあとご飯を買いに行ったもるちゃんと合流して部屋に戻ってきて、二人で話してたら電気切れたりしまして。そんなことがどんどん重なっていって、ホテルの従業員さんに電気のチェックとかしてもらってる間にまたドアがノックされて、「ほら今聞こえたでしょ!?」って伝えたら、従業員さんは「何も聞こえないけど」って言い出しまして……。僕ともるちゃんの耳と、配信にははっきりと残ってるのにですよ?

――それはもう、マジもんでは……?

 部屋を変えてもらったら、テレビの音が消えたりするような謎現象もぴったり止まったんですよ。で、帰る日に部屋で記念写真を撮ろうとしたんですよね。その階はかなり高層の階だったんですけど、そのとき急にカラスがベランダに飛んできて、一回止まってから「カー」って鳴いて去っていったんですよ。

――うわぁ……。警戒心が強いカラスがそんな高い階に、しかも人がいるところに普通来るわけないじゃないですか……。

 あと、部屋で自分のキャリーバッグの番号錠が急に開かなくなって、半ズラシしたら急に開いたんですよね。壊れたのかなーと思ったんですけど、その空いた瞬間にホテルの部屋の内線電話がプルルルルってワンコールだけ鳴って。

――違和感しかない。

 で、Youtubeのアーカイブには、僕がトイレから帰ってきてもるちゃんに声をかけたところで、奇声が入ってたりします。それでもホテル側は、何もないって言い張るんですよね。いやー、オバケって本当にいるんですねぇ……。

――いやいや、ゲームキャスターの話よりも幽霊の話の方が面白くなってどうするんですか!?


▲話題に出ていた配信のアーカイブがこちら。1本目の54:10ごろにドアをたたく音が、2本目の4:54:00ごろに謎の奇声が入っている。2本目全般では、電気の不調やテレビの音楽が途切れる現象なども確認できる。こちら、ご視聴や検証については自己責任で。

――このままだと雑談と霊体験の話ばっかりになってしまいますので、そろそろ人となりから順番に訊いていきましょう! まず、ビデオゲームと出会われたのはいつごろでしょうか?

 まずは幼稚園の年少だか年長だかのころに、兄がやっていたスーパーファミコンのゲームに触れたのが始まりでしょうかね。プレイしていたのは、サッカーをやっていたことからサッカーゲームや、格闘ゲームなどの対人ゲームが多かったと思います。

――ほうほう、そのころから対戦ゲームが多めだったと。

 あとはたまに『マリオカート』などのスーパーマリオシリーズに触って、そこからゲームボーイに入ってから、当時のコンシューマー機のほとんどに触っていった感じですね。ドリームキャストからさらにアーケードゲームにも触れて、中学校のころにいよいよオンラインPCゲームにハマり始めました。

――中学生だと、家のPCでプレイするのは結構大変だったと思いますが。

 家だけでなく、学校も私立だったのでPCルームがあったんですよね。セキュリティはかかっていたんですが、自分でこっそり外したり……。タイピングの『特打』とかが流行ってた時代ですね。

――先ほど「サッカーをやっていた」とおっしゃっていましたけど、そちらはどれくらいのレベルでやっていたのでしょうか?

 プロ選手を目指してやっていましたね。かなりガチでした。三菱養和というところに入っていまして、ジュニアユースの東京チームの中では常に上位3位に入っている強豪でした。

――すごいじゃないですか! そのままサッカーの道に行かなかった理由もあったのでしょうか?

 小学6年時でそのチームに入ったんですが、エリートチームですので当然“練習会”という名の選抜会がありまして、ほかのクラブチームの人も参加できるというレベルの高いものだったんですよ。別のチームでプレイしていた僕も練習会に参加して、苦労して入れたんです。その後もさらにそのチーム内から何名、またほかのチームから何名……と、選抜は続いていったんです。

――話だけでも厳しい世界ですね……。

 やめた理由としては、僕が通っていた学校が小中高と一貫した私立でして、中等部はふたつの別校舎に分かれるシステムだったんですよ。池袋と新座ですね。新座の方にはもともと高等部しかなくて、僕が入る前年にできたばかりの校舎だったので、僕が入学したときには2年生までしかいなかったんです。

先生も高等部の先生だった人が担当していたので、勉強のスピードが異常でした。さらに思春期の生徒へのアプローチが、やはり高等部と中等部では全然違うものだから、ちぐはぐだったんですよね。精神的にすり減っている中学生に、高校生の扱いをしちゃうんですよ。しかも男子校でしたから、それはもうガツガツぶつかっていました。

――荒れる予感しかしませんよ、それ。

 そんな中で一週間ほとんどサッカーの練習で休みもなくて、朝6時に起きて、学校が終わったらすぐサッカーの練習に向かって帰りが夜10時ごろになって……という繰り返しで、体力的にも精神的にもきつくなっていたんです。

――ほとんどブラック企業戦士の日程ですね……。

 そのころ、ちょうど先生とのいざこざがあったときに、いきなり校長面接まで持っていかれちゃったんですよ。僕も悪かったんですけど、僕だけ怒られるのもおかしいし、親まで呼び出されて迷惑をかけちゃっているという事態に理不尽さを感じた結果、学校への不信感が募って、中学へは半分も行かないことになっちゃったんです。

――すると、サッカーもそのときには?

 いえ、サッカーはずっと続けていて、高円宮杯という全国大会にまで行ったんですよ。でも、全国大会にまで出れたことで燃え尽き症候群になっていまして、疲れもピークに達していて、「学校に行っていない自分がサッカーだけ続けてどうするんだ」という気持ちになってしまい、結果やめることになりました。

――ものすごく精神的にすり減っていたでしょうね……。

 ほとんど鬱状態でしたね。そこで高校にも行かない、と完全に自暴自棄になってしまったんですが、親が心配してくれて、定時制などの高校を紹介してくれたんです。実際に入った高校はパフォーマンスコースというものがある、芸能人が入るような通信制高校でした。歌手やアイドルの子も通っていて、こなせなかった課題の分は週末に補えたりするような高校ですね。

――すると、芸能関連の授業も受けることに?

 午前中に普通の授業、午後には演劇や時代劇の殺陣、ダンスの授業なども受けることがありました。舞台も経験したんですが、2回目にメインキャストに選ばれたときには先輩とのいざこざや不安が浮上してきて、舞台のことばかり気になって、オリエンテーションのスキー旅行が全然楽しめなくなっていたりしました。

――中学から引きずってきたものが、そこでも積み重なっちゃったんですね。

 そこでまた自暴自棄になってやめちゃって、1学年の単位全部落としちゃったんですよね。そこからは残り2年で3年分の単位を取らなくてはならなくなって、レポート提出やオンライン授業をこなす日々になりました。ぶっ続けで6時間くらいテストを受けることもありましたけど、中学の勉強の貯金とマークシートだったおかげで、成績はいいほうでした。

――なんだかんだで、当時から記憶力はよかったと(笑)。

 そこで家でずっとやっていたPCゲームと、学校と、あとはアルバイトなどもこなしつつ、学生生活の残りを送っていった感じですね。

――いやはや、いきなりすごいお話でしたね……。ただ、その経験のお話を聞くに、今のゲームキャスターとしての岸大河さんに通じるものもあった気がします。

 思い返すと、挫折だらけでしたね。当時は何をやっても続かず挫折、挫折の連続といった感じで。ただ、言われてみると確かに、サッカーをやめたときの心境と、昨今プロゲーマーが引退していくときの様子には、似ているものを感じることもあります。「プロゲーマーだけやっていてもしょうがない」という気持ちが、よく分かるんですよね。

――そこからまさかの、自分を打ち出すお仕事になったという……考えてみると、すごい変化ですよね。

 当時から引きこもり気味の子というのはたくさんいて、社会的な印象も非常に悪い時代でした。自分も「ダサい」「他とは違う」というイメージは持っていて、そこに親まで引きずっちゃって家庭全体が精神的にどん底になっていまして、親には本当に申し訳なかったですね……。今考えると、普通の人が経験していない道ばかりで、その経験で精神的に強くはなれたと思います。

――そんな経験があったからこそ、社交的にもなれたと?

 いや、むしろそこから“硬く”なり始めたんだと思います。いまだに人との交流をあまりしない、心を開けないというところは、いまも残っているんです。ただ、それが自分の良さにもつながっているのだろうとも思っています。

上辺だけの付き合いといえば失礼かもしれませんが、仕事として円滑に物事を進める関係性を築くことはできています。さらに関係性が深まって打ち解けた現場は、互いの拘りが入った傑作ができたりします。

――だからこそ、メーカーさんや運営団体の皆さんといった、大人同士の付き合いがうまくいってるのかも。

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入院生活で得たものも。改名にもつながった体験。

――なんというか、岸さんが2017年8月に突然結核にかかられたときの話も、お聞きしようかと思ったら霞んで見えてきてしまいました。あれもまた、多くの挫折の中のひとつだったのでしょうか。

 一番の挫折でしたね。ただ、つらかったのは最初の方だけで、あとは楽しめたんです。

――え? 一番お仕事も軌道に乗ってて、そこからの急病というのは相当こたえたと思うのですが。

 宣告されたときは、泣きそうなくらい辛かったのは確かですね。仕事ができなくなるというより、ほかに迷惑をかけてしまうという思いがきつくて。その翌日、『ブレイドアンドソウル』の大会のお仕事があったんですよ。

――ああ、覚えています! 取材に行ったら、実況席に岸さんじゃなくて声優の市来光弘さんが座られていて、何があった!? と思ったんですよ。

 さらに次の日は“RAGE”と『クラッシュ・ロワイヤル』のイベントの2本立てが入っていまして、3現場のキャスティングを突如白紙にしてしまったこと、信頼関係を崩してしまったことに、すごくショックを受けまして。自分の体調管理のせいなのかな、1ヶ月も仕事できなくてこの先どうなっちゃうのかな、と不安が募るばかりでした。

――結核は、体調管理だけで防げる病気ではないですから。

 それは調べて分かったんですけど、それでも責任を感じちゃったんですよ。当時、最低2ヵ月は療養にかかると言われて、9月下旬に控えていた東京ゲームショウ2017のさまざまな大きな舞台にも出られないと考えてしまうと、そこで僕が空けた穴が埋められた穴というのは、そのまま継続していくのでは、とも思ってしまったんです。

――なるほど。穴埋めに登壇したキャスターが、そのまま続投していくのではと。

 そうなると今後新規タイトルが出ても、僕にはお仕事が来なくて、継続して他の人に行ってしまうのではないかと。半年後になって改めて新規に仕事が来ればいいなぁ、くらいには考えてしまっていたんです。もういっそ、辞めちゃってもいいのかなぁとかも。自分の体調管理が原因で仕事に穴を開けたら辞めると、以前から考えてもいましたから。

――またしてもどん底の精神状態ですね……。

 ただ、そこから3日後くらいですかね。精神的には落ち着いて、入院生活も面白くなってきたんです。いろんなことができるぞ、って。

――いやまぁ、たしかに時間はたっぷりあるでしょうしね(笑)。

 特に、人と話せるのはすごく楽しかったんですよ。僕は普段、個人事業主ですからひとりで仕事していますし、家ではゲームをしたり配信をしたりで、打ち合わせで人と話すことはあっても、人と対面でずっと話すってことはなかなかなかったんですよ。入院先では朝から晩まで、「おはようございます」から始まって、好きな本の話などをずっとしてみたり、会社や人間関係、恋愛関係の話とかしていたら、毎日が楽しくなったんです。

――お仕事の関係上、おしゃべりはずっとしていたイメージでした。

 しゃべる仕事についていながら、触れる機会がない人たちと触れ合う、ゲーム関係以外の人たちと触れ合うという機会は、今までまったくなかったんですよ。合宿に来たような感じで、すごく充実していました。入退院で人もすごく入れ替わるし、退院された方はこれからどのような生活に戻っていくんだろうとか、想像が膨らみました。外の世界はどうなってるんだろうとか……病室は窓も開けられませんからね。

――お風呂も同じ階で、ヘタすると階段も使わない、完全な平面生活になりますしね。

 空調のおかげで気温の変化も分かりませんから、窓の外の風景を毎日眺めて「もう秋になってきたねー」などと思う程度で、湿気や雨の匂いくらいしか感じ取れないんですよね。退院して外に出たときには、本気で空気が汚いと感じました。排気ガスにすごく敏感になっていまして……。

――人によっては、階段を上り下りする筋力やバランス感覚がなくなったりもするそうですね。

 あの感覚は、本当に初の体験でしたね。人が動いていること自体がすごいんですよ。病院から解放された気分でロビーに出てみたら、ものすごくめまぐるしく人が行き来しているように見えて、駅のホームを早送りで見るドキュメンタリーの画像みたいなことになっているんですよ。ものすごく記憶に残っていますね。

――退院後、お仕事を続けようと思われたときの心境などもお聞きしていいでしょうか。

 病気したら辞めるなどとも言っていて、実際お仕事に穴を開けてしまったわけですけど、人と相談していくと、今ここで辞めるのが一番駄目、無責任だと思うようになったんですよ。ここから少しでも仕事で恩返ししていくのが義理というか、当たり前のことだと考えました。入院後、しっかり治してくださいとお見舞いの言葉をくださった代理店やメーカーの皆さんに、辞めずに頭を下げなきゃいけないなと。

――そのタイミングで、StanSmithから岸大河に改名した理由とは?

 いつ本名に変えようかな、とは1年くらい、ずっと考えていたんですよ。そんな中で入院中に看護婦さんから毎日「岸大河さん」と呼ばれ続けて、改めて僕は岸大河なんだな、と思うようになりまして。10年間くらいゲーム業界にいると、岸さん、と呼ばれることはメールですらなかったですからね。荷物の配達のときくらいじゃないでしょうか。

――それだともう、毎日本名で呼ばれるのは新鮮だったでしょうね……。

 ある意味ロボットになった気分でしたけどね。「ボクハキシタイガ」って(笑)。ご飯を食べるにも、自分の名前と生年月日を伝えなくてはならなくて、自分でも「岸大河です」と毎日言い続けることになって、もう本名で行っていいじゃん! と思ったんです。まぁ、メディアで名前を書いてもらうときの改行問題や、縦書きの問題もずっと感じていたんですけど(笑)。

――実際めんどくさいですけど、それは気にしなくていいですよ!

 StanとSmithの間にドットが入っていたりすることもありましたね。あとは将来のことを考えると、本名の方が通りやすいと思いましたから。今は改名して仮想の名前じゃなくて本名を名乗れるようになったことを、本当によかったと思っています。キャスターとして、自分自身を出していくことになりますからね。

そろそろキャスターの話を! 見据えるものと、黎明期の混沌

――そろそろゲームキャスターの話題に戻りましょうか(笑)。岸さんが初めて実況などを担当されたのは、どのようなきっかけからだったのでしょうか。

 最初は実況者のyukishiroさんがFPS『クロスファイア』の大会に出ているときに、だれが実況をするのか、という話になりまして。そこでプロデューサーさんが僕がアップしていた『WarRock』の解説動画を見て、オンライン大会の実況として呼んでいただいたのが最初ですね。

――え、いきなり呼ばれたんですか?

 それはもう。当時は選手のこととか一切分かりませんし、データとか一切なかったですから、なんで呼ぶの!? って思ったくらいでした(笑)。あのときは、ここから大会開始しまーすじゃあ見ていきましょーはい次の試合は何々ですー、っていうだけの実況でしたね……。スタッフとか、2人しかいなかったんですよ。

――スタートはそんな波乱万丈だったわけですが、今ではゲームキャスターというお仕事について、どのように解釈されていますか? 実況者や解説者という肩書とも、また違ったものなのでしょうか。

 その辺も含めた大きなくくりでの、ゲームキャスターだと考えています。先陣を切って実況解説をやっていたyukishiroさんは、自分を“実況アナウンサー”と言っていますよね。僕としてはただ大会を実況したいわけではなくて、ゲームというもの自体をいろいろな人に伝えたい、と考えると、コメンテーターというのも違うし、海外ではシャウトキャスターなんて言いますけど、日本ではピンとこないなぁと。

――そうして考えていって、ゲームキャスターという肩書を名乗るようになったわけですね。

 そうですね。結構考えた結果、僕の中でゲームキャスターというのがしっくりきて、使うようになったんですよ。そうしたら、いつの間にかみんなゲームキャスターと名乗るようになっていて(笑)。

――Twitchが広がり始めたころには、みんなゲームキャスターでしたよね。

 お仕事としては実況、解説、コメンテーター、MCと、すべてはゲームキャスターのくくりではあるかな、と思っています。ただ、みんなにも肩書は考えてみてほしいですね。肩書、本当に僕と同じでいいの? やりたいこと、活動内容と本当に合ってるの? 人が考えたものでいいの? と。

――みんながみんな、まさか同じになるとは想像できなかったでしょうね。特許とか取ったらどうなるんでしょうか……。

 僕は特許取られてもどうぞ、って肩書外すだけです(笑)。

――先ほど「やりたいこと」や「活動内容」といった言葉が出ていましたが、ご自身でゲームキャスターとして見据えている方針などはありますか?

 言葉では言い切れないくらい多くあるんですけど、実況だけでなく解説やMCもやっていく中で、ゲームそのものを皆さんに楽しんでもらえるきっかけを作りたいと考えています。それは自分がゲームを楽しむきっかけにもなりますし、いろいろな体験としていいものがたくさん得られるんですよ。その楽しさや体験の第一歩となる、“ゲームに触れるきっかけ”を僕が作ってあげられれば、と思うんです。

――まずはきっかけがないと、プレイする気すら起きないこともあるでしょうしね。

 あと、それは“観るきっかけ”であってもいいと思うんです。このゲーム面白そう、この番組面白そうと思ってもらって、ちょっと興味を持ってもらうというか、導線を作りたいと意識しています。とにかく皆さんに、ゲームは楽しいものということ、別にやらなくても観るだけでも楽しいもの、ということを伝えたいんです。ゲームをやっている横でポテトチップス食べながら、「あーそこはこうだよねー」っておしゃべりするだけでも、面白いじゃないですか。

――中学のころとかに、友達の家でスーファミやりながらやっていたことですね。

 それがいまの時代、オンライン上でできるというだけでも素晴らしい時代だと思います。そうしてゲームを楽しんでもらうために活動する、というのが僕のゲームキャスターとしての方針ですね。ゲームが楽しいものだということを、老若男女問わず伝えていきたいです。

――なるほどなるほど。では次に……(質問のプリントアウトを見ながら)

 そういえば、質問状は先にいただいていたんですけど、実はざっとしか目を通していないんですよ……。あまり事前に考えてしまうと、その時点の考えで答えが固まってしまって、今現在考えていることをお話しできなくなってしまうので。

――おお、それはなかなか独特な考え方ですね……というか、事前に用意しないでこれだけ話せているんですか。

 これもゲームキャスターとしてというか、僕個人の独特な考え方かも知れませんね。もちろん、お仕事では事前の下調べとかはしますけどね。

――事前の下調べだけでなく、いろいろなゲームをかなりやり込んでおられますけど、お時間の配分とか大丈夫なものなんですかね?

 もちろん苦しいときもあるんですけど、どちらかというと対戦カードゲームのカード内容を覚えたり、キャラクターの名前や技名を覚えたりするのが一番時間がかかりますね。さらにそのうえで、面白さをどのように伝えるかも考えるわけですから、カードゲーム系のゲームは結構大変です。

――その辺については、資料を作ったりすることはないのでしょうか?

 アナウンサーの方などよりは作っているかとは思うんですが、だいたいは脳内にインプットされているんですよね。また、内容が流動的なので、資料そのままにならなくなることもあります。データがアップデートでまったく違ったものになったりしますし、選手が使うキャラやチームが毎回違ったりもしますから。

――事前の下準備のお話だけでも、かなり大変なことを日常的にやっておられるように感じますね。

 そこもちょっと難しくて、自分が当たり前だと思っていることが、人からすると当り前じゃないっていうことが普段から結構あるんですよね。こうして質問されても、普段から当たり前のようにやっていること、習慣になっているものが特別なものとして浮かんでこなくて、「下準備とかやってたっけ?」って思っちゃうんですよね。

――それはもう、息をどう吸っているのか説明しろってレベルの話のようですね。

 普段ゲームをプレイするときも、覚えるためにプレイするっていうことが多いので、感覚は普通のプレイヤーさんとはまた違うんでしょうね。あと、下準備に関しては、僕がすごく臆病だからちゃんとする、という部分もあります。

――お、臆病?

 臆病だからこそ、不安になる。不安になるから、普段から練習や勉強をしておかないといけない。これは性分の問題ですけど、その積み重ねのルーチンもまた、役立ってくれているんだと思います。サッカーの本田圭佑選手が、ビッグマウスで自分を追い込んでいくのと似ているかも知れませんね。性格というか、自分の感情のデメリットをうまく活用するようなイメージです。

――そこまで積み重ねをしているとなると、ゲームをプレイするときにも何か気を付けている点などはありますか?

 ゲームによって異なりますけど、たとえばアクションゲームなら、まずは強い戦法を覚えるところからですね。ゲームのスタートダッシュについては、だれよりも早く中級者くらいまでは行けると思います。そこの速さでわりと勝負していますね。

――そこはもう、経験してきた場数が違いますしね。

 あとはとにかく、キャラクターの特徴などは実際使ってみないと分からないと思いますので、いろいろと試します。戦法も、強いとされる戦法を使ってみて「あまり強くない」と感じたらすぐに相手が使っていた戦法を踏襲してみたりして、頭の中でダイヤグラムができあがっていく感じですね。

――そうなると、自然と実況で必要な知識も蓄積されていきそうですね。

 逆に、実況はあまりせずにMCをメインにしているゲームとなると、ゲームの体験を楽しむというか、「このキャラクターのストーリーがよかった」「このBGMやセリフがよかった」といった体験を重視していますね。『Final Fantasy XIV』とかは、まさにそうですね。ゲームの作りや演出を勉強して、「ほかのゲームにはこんなのはないぞ!」と感じたりしています。

――そもそも、岸さんって昔からおしゃべりでした? この界隈の皆さんって、ゲームのテクニックが図抜けている人と、おしゃべりがうまい人、そのバランスがいい人に分かれると思いまして、岸さんはバランス型のように思えるのですが。

 だれかと友好的な関係を結ぶというのが、小学校、中学校の途中くらいまでは得意だったと思います。中学校の途中からは閉鎖的になって鎖国状態が続いて、上辺だけの付き合いが続いていましたが……そこでしゃべりは減っていたと思いますね。

――それが今、なぜそこまでしゃべれるんですかね?

 どうなんですかね? 僕は自分では、しゃべりはヘタだと思っているんです。

――んんん???

 いやいや、すっげーヘタだと思ってるんです。この2年、うまくならないなぁと自分で反省することばかりですよ。

――いやいやいや、話の振り方とか間の取り方とか、お上手ですが!

 そこはむしろほめていただくより、ダメ出しがないと不安になるし、成長もできないと考えているんですよ。むしろ自分が全然だめだと思っていたところに「最高でした」とか言われると、失礼ながらイラッときてしまうんです。なんなん!? どこが!? って(笑)。

――そこはさすがに、過度な完璧主義の気配も感じますが……どういったところが、自分ではうまくないと感じられているんでしょうか?

 話の構成力というか、文の組み立て方が下手なんですよ。僕はずっと本をほとんど読んでこなかったので、なおかつゲームのストーリーはスキップしてゲームの体験の方を優先することも多かったんです。映画を観ても、違う視点で「この人物の背景がこうなっててすごく不思議だなー」とか思ってばかりいるんですよね。一緒に映画を観に行った人に「ここがよかったよね」と言われても、「あ、そんなストーリーだったんだ」と思ったりするんです。

――本のあらすじとか、書くのが苦手なタイプですね。

 ただゲームだと話は別で、自分が体験してきたすべての部分を抜き出せるようになっているので、本や映画などとはまた読解力の種類が違うんでしょうね。表現がすごく難しいんですけど。

――なんというか、ゲームにおいては、視点や場のつなぎ方、話し方の間などすべて含めて一般のゲームプレイヤーと同じで、そこから我々も共感ができるのかも知れませんね。

 あとは話し方の勉強については、もちろん勉強しました。どう話せば説得力が増すのかとか、どんな話のリズムなら聞き取りやすいのかとか、完全独学ですけどね。場のつなぎについては、正直あまり考えていないんですよ。いくらでも考えて、1時間でも場はつなげると思いますけど、なんでつなげることができるのかは自分でもよく分かっていないんですよね。

――分からないまま、あれだけしゃべってるんですか!(笑)

 なんとなくですけど、1というものがあってそこから横向きに話を広げる、類似したものについて触れていく、「1はどんなものなんですか」と抽出していく、などといろいろと線をつなげていって、その線で区画をくぎっていく感じなんですかね。さっきこの部分について話しました、そしたらそこと別の区画をつなげたらどうなるか、といった感じで。

――サッカーの体験も、その辺に生きているのかも知れませんね。

 そうですね、ゲームをプレイする場合も俯瞰的な視点から見た方が理解が深まりますし。ただ、それよりも「もっと知りたい」という気持ちが出てるのかも知れません。ある程度知っていると特に話を広げたくはならないけど、知らないからこそもっと聞いてみたいと。あとはまぁ、多少解説者へのイジメとかも考えますね。

――イジメ?

 これくらい刺激しないと、この人伸びないだろうなーとか。こっちは全然違う質問を投げかけているのに、まったく同じ話しか返してこないじゃないか! と思ったりします。そこからもう、直接「そこではなくこっちではどうですか?」と掘り起こしたりすることもよくあります。

――それもそれで。難しいテクニックのように感じます。そうした話術などのテクニックを磨いていこうと考え始めたのは、いつごろからでしょうか?

 いや、話のために勉強しよう、と思ったことは当初はなかったですね。最初に実況したのはFPSの『クロスファイア』が最初ですけど、話を広げたりすることを意識させられたのは、間違いなく、戦車対戦ゲームの『World of Tanks』(以下、『WoT』)ですね。

――あれはもう、準備時間が長くなるタイトルですからね。

 いまでも記憶に残っているんですけど、日本の『WoT』サービスイン後の初期に開催された“撃破王戦 ナニワ機甲戦”で、引き分けがものすごく続いたんですよ。1時間半くらい同じマップ、同じチーム編成で、しかもお互い最初に隠れたら一切動かなくなるんです。ルール的にも、特定の車輌の破壊で勝利という条件だったんですよ。

――茂みから一歩も出られませんよ。

※『WoT』では、自分の戦車あるいは味方の戦車の視認距離に入らないと、敵戦車の位置どころか姿も表示されない。つまり、自分から前に出て敵視認距離に入ることは大変不利なのだ。基本的には茂みなど隠蔽ボーナスがある地形に隠れつつ、視認距離が広い軽戦車などに敵を見つけてもらうまで待つのが基本戦法となる。

 マップも丘を越えたら見つかってもう終わり、みたいなところでしたからね。するともうお互いのチームの気持ちは丸わかりで、無理なことは一切しない、時間切れの連続になっちゃったんですよ。そうなるともう、毎試合残り8分過ぎたくらいから動きがなくなって、言うことがないんです。試合終了後にインターバルでまたしゃべって、その後またガーッと動いたら止まって……。もう一切しゃべることないなーと思いつつも、それでもしゃべり続けたんですよ。

――それをつなげることができたら、もう何でも来いでしょうね(笑)。あの時代の『WoT』は、本当に膠着しやすかったですから……。

 『WoT』にはだいぶ、引き出しや我慢強さといった話術の能力を鍛えてもらえたかと思いますね(笑)。あとは当時はまだ配信のイロハが成立していない時代でしたので、何か困ったらMCに全投げしてつないでもらう、ってのが普通でしたから。今とは全然環境が違う、泥くさい現場でいろいろと学ばせてもらったかと思います。

――今ならそういうとき、休憩にしますとかいってスポンサーのPVを流したりとかしますもんね。機材トラブルが起きたらMC、というのが当然の時代でした……。

 時代の進歩とともに歩んできたなぁ、という感覚はあります。黎明期から考えると、yukishiroさんと一緒に伸ばしたり、ほかにもいろいろな演者さんと会話してなんとか伸ばしたり……。

――伸ばしてきたから鍛えられた、と。では逆に最近ですと、さらに勉強している要素などはあるのでしょうか?

 積み重ねの一環として最近はいろいろと勉強もしていまして、アニメやドキュメンタリーを観てみたり、心理学について海外のハーバード大学の研究を見て勉強したりしています。使えるものは、まだまだ世の中にありますね。すでにその一環は使っていますから。

――と、言いますと?

 はじめて『コール オブ デューティ』の実況を担当するときに、メガネをかけたんですよ。メガネには“ハロー効果(※)”というものがあって、心理学的にはサイズや色によって、一瞬見たときに知的で適任だと思わせてくれる効果があるんです。さらに最初に話の内容でさらに膨らませてきれいにまとめれば、この人勉強してきているなーと、最初によくなった印象がそのまま続いて、その後どうあろうと認めてもらいやすくなるんです。

※ハロー効果:ある対象を評価する際、対象者が持つ目立ちやすい特徴にひっぱられ、そのほかについての評価にバイアスがかかり歪んでしまう現象のことを指す。

――ハロー効果まで活用しているとは。

 別の対談でもこの話では驚かれましたけど、こういう新しいことをしていかないと、これからの自分の成長はないんだと思っていますから。ほかにも、たとえばマイナスの感情を利用する方法とか……怒っている状態の方が、FPSは強くなるそうなんです。ただし怒ると弱くなると思っていると、逆に弱くなって、怒ると強くなると思っているからこそ効果があるそうなんです。

――ゲーム以外にも、ゲームシーンに活用できるものは山ほどありますね。いまのゲームキャスターの皆さんには、ハードルが上がりそうなお話です(笑)。

 いまの演者さんには、これまでのノウハウが番組を支えていて負荷がかかっていないから、演者さんが伸びないという側面もあるかも知れませんけどね。そもそも今のクリーンな界隈では、いわゆる“うさぎ跳び”はさせられない、って感じなんですよ。

――そういえば、数々の現場を渡り歩いてきた中で、思い出に残っている現場などはありますか?

 それも『WoT』のイベントなんですが、日本でやった“Pacific Rumble”は個人的に印象に残っていますね。朝9時か10時くらいからスタートして、夜遅くまで12時間くらいぶっ通しで……。何がやばいかというと、現場に日本のスタッフがいなかったんですよ。韓国のOGNさんのスタッフが配信から何からやっているので、ディレクターなどのスタッフ全員が韓国の方なんですよ。台本もなくてQシート(時間進行のみ書かれた進行表)しかなくて、完全に丸投げだったんですよね。それが逆に、すごく面白かったです。

――ほぼ全試合がタイブレークになるという、とてつもない接戦ばかりだったんですよね。私たちも取材であの場にいましたけど、選手もスタッフも取材陣も、精神をものすごく削られていました。

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◆参考記事:『World of Tanks』日本の“Caren Tiger”が大健闘! 環太平洋大会“The Pacific Rumble”リポート
https://www.famitsu.com/news/201511/08092514.html

 韓国のスタッフの皆さんが、とても優秀だったことも記憶に残ってますね。言葉は通じないんですけど、僕の表情の変化ひとつで絵を切り替えてくれたりとか、やり方をいろいろと学ばせてもらいました。その後のOGN経由の日本語中継とかも、Qシートだけで円滑に運べまして、このときの経験が今も生きていますね。

――もはや現場が『フォートナイト』状態ですね。自分で建築して、上へ上へといかなくちゃならない感じが。

 だからこそ、今はマンネリ化してしまったという面もあるんですよね。きつい経験をしていないでそのまま回していけると、テンプレ化してしまっているように思えます。

――トラブルがないのはいい証拠ですが、刺激はいつまでも大事ですね。

 最近でもテレビの収録などにお仕事で行くと、すごく難しいなぁと刺激を受けたりはしますね。しかし、配信番組についてはどうしてもテンプレが多くなっていまして。そうした部分は制作側にお任せするのではなく、自分の方でも表現やテンションを変えたりして、面白くしていかなくてはならないフェイズに入っているのかな、と思います。

――まだまだ成長を目指しますか……。

 いままでは周りに頼りきりだったと思いますし、自分を成長させていかないと、後がうまくいかないと思っていますから。

ゲームキャスター、このままでいいの? 時代の波とマンネリ化

――では、そうした現場でご一緒することも多い他のゲームキャスターの皆さんについては、どのように思っておいでですか?

 正直、誰とどの現場で一緒になっても問題はないかとは思うんですが……むしろ、僕が出ていない番組を視聴したりするときなどに、「これでいいのかなぁ」と思うことはあります。当然、僕が出ている番組を観ても思うわけですけど。
今のゲームキャスターは人材不足というか、クオリティーがまだ伴っていない気がするんです。僕自身も、自分に対して実力のなさを感じることがあるんですよ。なんと言いますか、アナウンサーを真似した“おままごと”に見えてしまうんです。

――模倣の域を出ていない、と。

 ゲームの大会自体も、そう感じてしまうとプロっぽいおままごとに見えてきてしまって、単に遊んでいるだけというか、これだけで自分がお金をいただいてしまっていていいのかな、と思ってしまうんですよね。

――テレビ局の方など、テレビクルーの皆さんとお仕事をすることも増えているかと思いますが、やはり差を感じますか?

 感じます感じます。あとはDJの方や、ステージMCの方とかにも感じますね。僕の立ち位置としては、それぞれの良さを吸収しつつも、劣化版になってしまっているように感じてしまうんですよね。5角形のレーダーチャートで能力を表現するとすると、向こう側の皆さんはどこか1点がずば抜けているんですけど、僕はオールマイティーになって突出したところがない状態になっている、という感じです。

――そこにゲームという要素が加われば、テレビ局側にはないとがった部分も多少はあるのかと思っていました。

 そうかも知れないんですけど、ほかの要素ももっとでかくしていかないといけないと感じます。僕が理想としているものが、どうしても僕の手ではできていないんですよ。テレビで見たような楽しい光景が、自分の出ている番組では作れていない。もちろん、テレビに寄せすぎちゃいけないことも分かってはいますし、自分で自分を見ているので良くは見えていないというのもありますが、それを差し引いても足りないと思います。

――そこまで感じると、ほかのキャスターの方の番組を観ても同じことしか思えなくなってしまうわけですね。

 ひとつ言えるのは、「ダメなものをダメと言わない」世界というのは、果たしてそれでいいのかな、と。明らかにこの人には向いていない、良さがこちらでは生かせていない、という場合も、表現力とかの以前にあったりするんです。そもそも、番組全体が“硬く”なっちゃっている印象もあるんです。それは僕が硬くなってしまったことにも、一因はあるかと思っているんですが。

ただ、番組は硬くなっているのに、出演者の服装や風貌は軽いままだったりして、どうなってるんだろうと思うことも増えてきましたね。バラエティー番組なら分かるんですけど、硬い実況解説をしているのに格好はチャラチャラしていて……って、ものすごく違和感を感じるんですよね。

――テレビのニュースキャスターが、私服でニュース原稿読んでいるような。

 硬い風貌で、若干やわらかいものを見せるのは全然アリだとは思うんですよ。真面目に取り組んでいるという姿勢を見せつつ、楽しいことも引き出していくという、海外でよく見られるスタイルですよね。そういう風に、芯はしっかりとして欲しいと思うんです。そうでないと、どうしても真似事に見えてしまうんです。

――たしかに昨今、真面目にやろうとしているけどやり切れていない、という違和感は付きまとっていました。

 そこがゲームの楽しさを伝えるという部分を、多少損なってしまっているという弊害もあるかと思います。その点ですと僕は韓国の配信のやり方がすごく好きで、うるさいと感じる人も多いかと思いますけど、視聴者がゲームの楽しさに没頭できる瞬間というのが確かにあると思うんです。日本ですとその瞬間というのが、なかなかないんですよね。

――そこで出てくる良い、悪いという意見は、文化圏にもよりますかね。

 僕はそこでいい、悪いではなく、ゼロを目指しちゃっていると思うんですよね。良く言ってもらえることはもちろんうれしいんですけど、むしろ僕のやり方は、“悪く言われない”やり方だと思うんです。特徴はなるべく消す、というやり方ですね。

――確かに言われてみれば、そういった悪く言う点がぱっとは出てこないですね。

 いい、と言われる部分があるということは、その部分を悪いと言われることもあるというわけで、ゼロで及第点を保てばそれはないわけです。ゲームの楽しさを伝えるために、そこにタイミングよく加味していくものはもちろんありますが、これがタイミングがずれてしまうと“悪い”と言われる部分に変わるわけですね。そこは経験からタイミングを見計らったり、いまの立ち位置はどこか確認したりと、考えています。

――ほかにも、気を付けている点などはありますか?

 ユーザー層によっても、伝えきれるものなのか、表現として合っているのか、楽しく観てもらえるものなのか、とそれぞれのゲームで考えています。そうした部分では、『オーバーウォッチ』はいい転機になりました。

――転機、といいますと?

 『WoT』でも最初は受け入れてもらえない部分が多かったんですが、だんだんと受け止めてもらえるようになって、僕の『WoT』実況を好きでいてくださる方もまだいらっしゃるんですよね。
『オーバーウォッチ』の方では、これまでの経験があってもなかなかうまくいかない部分があったんですが、年齢層が20代後半~30代と『WoT』に近いこともあってか、コミュニティーがすごく暖かいんですよ。

――暖かいですねー。Twitchのコメントの流れとかも、ものすごく早いですし。

 なので冗談を交えてもいけますし、温度感的にちょっとワチャワチャとしてしまっても、すぐに流してくれるんですよ。この中でどこまで冗談を言えるんだろう、怒られるまでいってみよう、と考えていった結果、信頼関係のある選手はとことんいじることができました。Green Leavesのメンバーとかですね(笑)。

――選手をいじるのにも、やはり理由が?

 選手のことを、視聴者に覚えてほしいんですよね。そのためにも冗談を言ったり、特定の印象的なワードをくっつけたり、その選手の背景に触れたり、うまいところ、ダメなところを傷つかないようにオブラートで包んで言ってあげたり。そうすると視聴者さんも自然と覚えてくれて、「またあのワードや名前が出てこないかな」と思ってくれるんですよね。

――応援にも、その方が熱が入りますしね。

 最近ですと、対戦カードゲームの『シャドウバース』で3大会連続ファイナリストになっているソルト選手という方がいまして。ソルト選手の試合を実況させてもらった際、彼がフィニッシュカード“ジャングルの守護者”を出すときに、解説は基本的にはカード名で呼ばないといけないんですけど、そのカードの攻撃時ボイスが「出ていけ!」だったので、相手の選手にはちょっと失礼かとは思ったんですけど、‟試合会場から出ていけ!” と言わんばかりの表現をしたんですよ。

――ものすごく印象的な実況(笑)。

 もちろん、その相手選手にもキャラクター付けをして、一方的にならないようにフォローしたりもしました。でも最終的には、その対戦相手がオフ会を開きたいと言っていたのを拾って、ソルト選手が勝った瞬間、勝手に「オフ会は俺が開く!」と言ったりと、ストーリーをこちらで付け加えていったら、盛り上がってもらえたんですよ。そういったことがあると、「この実況ならこの選手の試合でまたパワーワードが出てくるんじゃないか」、「この選手が出ているときはこの実況だ」といった形で選手に注目してくれる人も出てきて、より盛り上がっていったんです。

――実況と選手の相互信頼関係がないと、やれないですね(笑)。

 直接お話したりしていなくてもそれだけの信頼をいただけたりと、その辺はやはりゲームならではだと思います。ただ、長く硬くやってきたからこそ、こういった部分で崩した感じのフォーカスを選手に当てられるという話で、まだ関わって日の浅いキャスターの人がいきなりやると、失礼になってしまうこともあるでしょうね。

――岸さんご自身の年齢層もあるかも知れません。経験を積みつつ、ご自身も20代後半になったからこそ、そうした遊びの部分が受け入れられるのかも。

 そうですね。キャスターの皆さんにはぜひ、経験を積みつつ、いろいろなことから今後も学んでいっていただきたいですね。

今後の実況界隈

――ゲームキャスターとして、次に目指すステップなどはありますか?

 英語はしゃべれたらなーとは思うんですが。以前、 MonteCristoさんという『オーバーウォッチ』、『リーグオブレジェンド』などの実況をされている方と話したときに、「それだけ日本で多彩なタイトルの実況をできるなら、英語もしゃべれればグローバルに活躍できたね」と言われたんですよね。

――それはもう、ただただ納得ですね。

 ただ、英語もしゃべれたらいいんですが、それよりはもっと日本語の表現力を増やしたいと今は思うんです。日本語って本当に難しいですから、まずはそこからですね。
あと、次にやりたいことと言いますと、テレビ業界に進出していくことが、僕のメリットではなくゲーム全体のメリットになると考えています。もちろん、僕自身がテレビ業界に出ていくことで、ゲームの楽しさなど伝えられるものはあるかと思います。ゲームをやることを強制するんじゃなくて、好きになってくれる可能性がある人に、種を渡していきたいですよね。

――まずは「そういえばこのゲームの名前、どこかの番組で聞いたな」と、思い出してもらえるだけでも効果はありますよね。

 esportsについても、まずはとにかくゲームを楽しんでもらって、興味が湧いたら競技シーンに身を投じてもらえればといった感じですね。ゲームに対してネガティブな気持ち、嫌な印象というものをなくしてもらいたいと考えています。
僕自身はゲームを通じて、こうしてビジネスが成り立ったり、人生自体も変わっていきましたので、こうしたことを伝えるために携わっていきたいですね。

――ゲームキャスターを目指すという若者に、これだけはやっておいてほしいなどといった、伝えたいことはありますか?

 やるなら全力で、ということですね。やるなら全力でやらないと何事もうまくならないので、 死ぬ気でやるしかないということです。あと、数年後にはこの業界に、テレビ局からアナウンサーの皆さんがバンバン入ってくる時代になると思います。

――現段階で、アナウンサーさんがゲーム実況に携わっているシーンがありますしね。

 5年後などの先のことを考えると、esports業界でだるま落としみたいに抜かれるのって、僕らなんですよ。テレビの優秀な人材が進出してきて実況を始めて、番組の構成自体も変わってくるとなると、僕らに来る仕事は小さな大会や、オンラインの大会の実況のみになってくると思います。

――ゲームキャスターのメディアへの露出機会が減ると、仕事の層的にはどうしてもそうなりますね……。

 するとその辺の仕事をしている人たちのところに今のゲームキャスターが入ってきて、上にはアナウンサーがいて……という状況になりますから、続けていきたいなら今から死ぬ気でやっておかないと、淘汰されてしまいますよね。アナウンサーに勝とう、と思うならなおさらです。僕自身は勝つどころか戦う気もなくて、異なる自分らしさをどう出していけるか、考えていかないといけないと思っています。

――となるともう、経験を積むための時間なども考えると、入るなら今くらいが最後のチャンスになりそうですね。

 制作会社の方も、オリンピックやワールドカップに携わってきた会社が進出を始めつつある状況ですし、塗り替えられていくでしょうね。多額の賞金が用意された大きなイベントなどでは、カメラマンなどにも優秀な機材やテレビクルーが入ってくるでしょうし。

――一般企業のスポンサードなども増えていく傾向にありますし、予算が拡大すれば当然そうなっていきますね。

 そしてその結果、“番組の差”ができてくると思います。この番組すごく出来がいいなーというものが出てきて、視聴者の目が肥えてきて、別の番組を見る目が変わってしまうんじゃないでしょうか。

――テレビ局の人たちとか、なんだかんだで流行や時代の流れに対して勘がいいですからね。彼らが本気で進出してきて、いまのこの業界の団体が対抗できるかとなると……。

 無理ですね、仕事の速さから何から違います。

――むしろ優秀な後進でも育っていないと、業界全体がだるま落としになりそうな気がします。

 そうそう。後進については、どうしてもゲームキャスターをやりたいという人がいれば、僕も育てたいとは思っているんです。

――え、弟子を取るんですか!?

 はい。ただ、人生は狂わせたくないんです。そして保証する気もないですし、自立してほしいですけど、それでもよければ教えたいところです。これが将来、会社などといった形になっていくのかは分かりませんけど。

――結局は、本人の努力と実力次第ですからね。岸さんが救ってあげられるものでもないでしょうね。

 ただ、とても真面目な「esportsに貢献したい」といった子には、逆にオススメできない仕事ではあります。以前、沖縄からメールでインターン体験をしたいという方が連絡をくれたんですけど、ものすごく真面目で、英語を勉強するために沖縄米軍基地で働いていたりして、普通に社会人になってほしいと伝えさせてもらいました。いい子すぎて、とんがった部分が見えなかったということもあったかとは思うんですけど。

――むしろそういう人にはいい会社に入って、日本社会を良くしたり、あわよくばゲーム業界をスポンサードしてもらったりした方が嬉しいですよね(笑)。

 そうですね、逸材の芽を摘むのは僕には無理です。

――人と付き合うのが得意じゃないと言っていた岸大河さんが、こんな気遣いまでできるようになって……。付き合い悪いとか言ってましたけど、最近せんとすさんやOooDaさんあたりとよくつるんでるじゃないですか。何があったんです?

 入院していたときに、3人で仕事振り合おうとか言っていたのがきっかけですかね。特にライバルと思ってたりするわけじゃなくて、同業者……とも思っていない部分がありますが、意見が合うところも多いといった感じですね。

――せんとすさんは年も上ですし、いろいろ合いそうな部分もありそうですね。

 お互い日本のesportsシーンに思う部分がものすごく似てるんですよね(笑)。それに、お互いにアナウンサーの実力もものすごく理解していて、RAGEで解説を務めた際、格闘ゲームの実況をしていたアナウンサーの実力を見て以来、自分のことをキャスターとは呼べないって言っていますね。

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RAGE 2018 Spring

――OooDaさんとは“スタングレネード”という番組も最近配信していますよね。あれはどのような経緯で始まったんでしょうか?

 とある制作現場のプロデューサーさんとご飯に行った際に、ネットラジオ番組をやってみたいとお話をいただきまして、ほかに面白そうな人がいないかということで、OooDaさんの名前を出したんです。そしたらもう、来週やろうと速攻で動き出しまして、プロメンバーがボランティアで集まってくれたんですよ。ディレクターさんもプロデューサーさんのツテで来てくれたラジオ関係のプロで、すごく刺激的で面白い現場ですよ。


▲『岸大河・OooDaのスタングレネード』は、毎週水曜に配信中。実況・解説などではおなじみのふたりによる軽快なトークが面白い。

esportsについて。課題は山盛り!

――ではそろそろ真面目で難しい話もということで、esportsについてのご意見をお聞きしていきます。まずは昨今のesportsシーンについて、どのような感触をお持ちでしょうか。

 盛り上がっているとは思いますね。そして広がりつつも、ひたすらに寛容であるなぁと。僕らの視点から見ると、シーンがどんどん巨大なものになっていっているのが見えていますし、現場自体も増えていっていますから、その広がりは実感できています。

――その中で、問題視しているところなどはありますか?

 問題が起きているということ自体を、まずは寛容になりすぎず、業界全体で理解しないといけないと思います。スキャンダルとして公になっている部分だけではなく、キャスティングの部分ですとか、土台の部分をしっかりしていかないと、いつかボロが出ると思うんです。だれにも迷惑をかけないようなクリーンな大会の作り方というものを、進めていかないといけないんじゃないでしょうか。

――数年後には、テレビ局からの波も押し寄せてきているわけで。

 そこで僕は何度も言わせてもらっているんですけど、“ビックバン”が起きてほしいと思っているんですよ。何か悪いことが起きてでも、とにかく業界が荒れに荒れて、一回陥没してしまってもいいし、そこから再建していかないといけないと思うんです。鉄と同じで、何度もたたかないと強くならないと思うんですよね。

――今の業界は、なんだかんだで問題を抱えていても成り立ってしまっているというイメージはありますね。

 そのふわーっとしている状況が、逆に怖いですね。このままの土台で上にあるビルがどんどん高くなっていくと、崩れ始めたり、土台になってくれている人のだれかがいなくなってしまったりしたら、その先どうなってしまうんだろうかと。あとはそう、無理やりesportsって言いたがる人も、それはやめた方がいいかと思いますね。

――その言葉は刺さりました。

 まずは楽しいゲームイベント、でいいじゃないかな、と思うんですよ。別にesportsと言ってもいいかとは思うんですけど、それは大きなくくりとして言えばよくて、ゲームイベントはゲームイベントと言って楽しんでもらえばいいんじゃないでしょうか。それを観て、周りが自然と「これってesportsだよね」と言ってくれればいいと思いますし、自分たちから言っていく必要はあるのかなーと。

――オトナの話をしてしまうと、esportsっていう今流行っている単語を出すと、ゲームに理解がない上の年齢層にも話がすごく通りやすいんです。これについてはちょっと怒られそうなのでこの辺にして、esports各方面の課題などは思い当たりますか?

 それはもうたくさんありますが……まず自分が言うのはおこがましいかもですが、プロチームについては、マネジメントをしっかりしてほしいという点があります。所属しているプロゲーマーが、発言で非難を浴びてしまったりすることも最近多いですから。

――近年はとくに増えていますね。

 もちろん、ついこの前まで普通のゲーマーだった人に、いきなりプロとして変われというのは難しいですし、20代どころか10代の人までいますから、より難しいとは思うのですが、それでもチームから制限をかけたりしていくべきだと思うんです。

――正直なところ、人が嫌がることは言っちゃいけないというのはプロ以前に社会常識な気もするんですが、それができない人も多いのが現状ですね……。

 インタビューの受け答えなど、学んでいくべきことはゲーム外でも多くて、それをチームが学ばせ切れていないような印象を受けてしまいますよね。プロだからこうしてほしい、という強制を我々からしていくのは、何か違うような気もするのですが。

――それはもう、急に完璧になれというのは無理な話ですよね。

 そうですね、そこは急になるのではなく、成長で得ていくものですから。その成長の成果や過程を、もっと見せてほしいかと思います。あのころはやんちゃだった彼も、今ではこんなに紳士的になった、というような姿こそ、ファンが見たいものでしょうし。視聴者の皆さんにも、先々のことを考えつつ選手たちを見守ってもらえるといいかと思います。

――最近はトレーニング施設や風景を公開したりと、その成長過程についても視聴者の目に触れる場が増えていますよね。

 ただ、選手の露出のさせ方はまだまだ下手に感じるんですよね。選手の鍛え方についても、まだ下手。そもそも選手にはスポーツ経験がない子も多くて、すると上下関係の概念や、これがタブーだという意識などもないわけですから、昔から鍛えられた要素はないんですよ。

――タブーという概念がなく、何でも言っていいと思っている選手は見かけます。

 自分のこと、自分にその言動で返ってくる影響のことを、あまり考えていないのかも知れませんね。言いたい気持ちは分かるんですけど、自分の発言は3回くらい考え直してから発してほしいです。本当に言っていいものなのか、その発言の対象に気持ちが伝えられたとしても、他の人が感じるものも当然あると理解できているのか。

――そうした教育やマネジメントも、チーム運営ではより大事になっていきそうですね。

 次に制作については、いろいろなところから学んでほしい、と思っています。たとえば各種大会を開催しているJCGのスタッフが、テレビ業界で学んできましたとか、メディア同士のキャリアアップが今後あるといいと思っています。スポーツチームならお互いに提携しあって、お互いを高め合うのは日常茶飯事なんですが、ゲーム業界ってそういうのがないですよね。

――わりと各方面が独自の大会を始めたりと、単独でスタートダッシュをしていく印象がありますね。

 いろいろな動きはやがて淘汰を受けて、きれいにまとまっていくとは思うんですけどね。今は皆が皆、それぞれが思うesportsというものを発信しているところなので、どれが合っているのか、どれが残るのかは、数年後に答えが見えてくるんでしょうね。なので今は、いろいろな人や団体が参入してきてくれるのはいい傾向だと思っています。
とにかく、やるならいいものにしていってほしい、ということが何よりです。

――乱立していくことでお互い勉強もできますし、今後に生かされるといいですね。

 あと、ビックバンがそうした中で起こるかもしれないとして、最低限そのリスクは考えて運営していってほしいという意見もあります。パブリッシャーの皆さんも、この点についてはあまり感じていない印象なんですよね。プロゲーマーを使っていったらこういう問題が起こるなど、何かしら問題が出るということを自覚してもらいたいです。

――今は発言の炎上などばかりですけど、今後より深刻な事態が発生する可能性もあるわけですしね。

 そういう問題がある、ということを前提にして、何が起こるか分からないということを意識して運営していってほしいところですね。

――では、我々メディアに対しては課題の提起などはありますか?

 この前、“Negitaku.org”との対談でも話題に出たことなんですが、歴史を残してほしいですね。たとえば僕が『WarRock』で優勝したときの写真とかは、取材したメディアがほとんどないし、公式サイトは閉鎖されていますから、実績ともどもほとんど記録が残されていないんですよ。

――あのころの配信の映像なども、アーカイブでは残っていないものが多いですね。

 そう考えると、歴史というものは何らかの形でしっかりと残していかないといけないという話になったんです。それをできるのがメディアさんなので、できる限り頑張ってほしいですね。

――がんばります。

 記録というのは確かに大事で、この前、ブラジルサッカー界のジーコ選手をはじめとしたレジェンドがそろったチャリティーイベントの動画が目に留まったんですよ。それを見守る観客の数がものすごくて、それはジーコ選手たちが業界でレジェンドとして記録に残っているからじゃないですか。

――記録に残っているからこそ、当時生まれていない若い人たちも知ることができるわけですからね。

 では、ゲーム業界で40年後に、70歳になった僕らや今のプロゲーマーたちがゲームイベントに出られるか? という話なんですよね。そのとき、昔の大会の動画とかは必須になると思うんですよ。だからこそ、選手たちにはその存在を残してほしくて、僕らが実況しているという面もあるかと思います。

――いいですね、そういう“残す”ということが素敵なことになるというのは。10年後、この業界が残されたものと一緒にどうなっているのか……。10年後、ぶっちゃけどうなってると思います?

 想像はできませんけど、まずはVRじゃないですかね。映画の『レディ・プレイヤー1』とか見ても、ああいう世界になっているであろうことは想像できますよね。あとは空中にホログラムのように投影するタッチパッドやキーボードが一般化していて、パソコンなどがなくてもどこでもゲームができたりとか。あとはesportsに関してなら、国内リーグはできているでしょうね。

次のインタビュー対象は?

――いろいろと面白いお話を、ありがとうございました! 最後に、次にリレーインタビューのバトンを渡す相手をご指名いただきたいのですが。

岸 これだけは、だれにしようか事前に考えてきたんですよ。最初は路線として、完全に実況初心者の人に振って、どんな考えをしながらやっているのか聞いてみたいと思っていたんです。

――なるほど、それも面白そうですね。しかし「最初は」ということは、ご指名対象は別ということに?

 僕からお願いしたいのは、アールさんですね。なぜかというと、僕から紹介しないと格ゲー界の人を紹介してくれそうな人が思い当たらなかったから(笑)。格ゲー界隈でいくらか回したあとに、またFPSなどの界隈に戻してくれるんじゃないかなと。

――お心遣い、ありがとうございます!(笑)正直なところ、想像の斜め上でした。

 訊いてみたいこととしましては、先ほど触れた通り僕はこの1、2年で自分の成長を感じ取れていないんですが、アールさんは自分ではどこに成長を感じているのかな、と。そこをぜひ、聞いてみたいですね。

――実況のタイプも、岸さんとはかなり異なる方ですよね。

 実況の仕方だけでなく、僕らは何かが異なっていると思うんですよね。アールさんとかササさんとか、アールさん一門の皆さんといいますか。

――長らくやっている方だからこそ、成長についてはだんだん弱くなってしまっているものかと思いますしね。

 周りからは成長しているように見えても、自分自身もっと成長したいという頂が見えていて、そこまでなかなか行きつけないという感覚が自分にはあるんですよね。周りにも影響が大きいアールさんだからこそ、ご自身の成長についてはどう感じているのか、ぜひ聞いてみてほしいです。

 

取材:ミス・ユースケ  取材・文:カイゼルちくわ  取材・編集:工藤エイム

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